多事雑論004 歴史 ~三国志登場人物の名前~

小学生のころ、NHKの「人形劇・三国志」をよく見ていた。中学に上がる時、祖父にねだって吉川英治「三国志」を買ってもらい、難しい漢字だらけの文庫本を夢中で読んだ。全八巻のこの文庫は、今では変色と破れでボロボロだが、今でも私の宝物である。
それにしても、最近では戦国武将と同様、ゲームやイラストで三国志自体が妙にオタク化され、嘆かわしいかぎりである。

ところで、中国人の名前は、「毛沢東」「周恩来」「鄧小平」のように、比較的3文字のことが多いのに、
なぜか三国志の時代だけ、「曹操孟徳」とか「関羽雲長」などという。これはどういうことなのか。

例として「劉備玄徳」の名を分解すると、「姓は『劉』、諱は『備』、字は『玄徳』」。
フルネームでいうと「劉備玄徳」かもしれないが、そのような記述の仕方は、中国の史書でもほぼ皆無だという。
つまり「劉備」とか「劉玄徳」とは言うが、「劉備玄徳」という言い方は、一部例外を除き、基本的には無いようである。

このような言い方が日本で蔓延する元となったのは「吉川英治の三国志」だろう。
吉川三国志を愛読した私にとって、「劉備玄徳なんてヘンな言い方は普通しない」という現実は大変ショックだった。
日本でのこうした表記は吉川三国志が初見なのか。江戸時代の講談はどうだったのか。調べてみたがよく分からない。

吉川三国志は、氏の他の作品と比較すると、自由にのびのびと書かれた小説であるように感じる。アレンジも自由かつ大胆。
例えば「遼来遼来」~張遼が来るぞ!と泣く子を黙らせる言葉~を、響き良く「遼来々」と改変している。原書や訳書にこだわらず、読み物としての面白さやカッコよさを優先する。吉川三国志は、そういう小説なのだ。
ここから察するに、初見か否かは別として、氏がフルネーム表記を採ったのは、単純に「その方がカッコイイから」だったのではないだろうか。確かに、違和感はあるが「趙雲子龍」は字面からしてカッコイイ。

魏:曹操は「曹孟徳」、夏候惇は「夏候元譲」、張遼は「張文遠」、郭嘉は「郭奉孝」、司馬懿は「司馬仲達」。
蜀:劉備は「劉玄徳」、関羽は「関雲長」、張飛は「張益徳」、趙雲は「趙子龍」、諸葛亮は「諸葛孔明」。
呉:孫堅は「孫文台」、孫策は「孫伯符」、孫権は「孫仲謀」、周瑜は「周公瑾」、陸遜は「陸伯言」。
他:董卓は「董仲穎」、呂布は「呂奉先」、袁紹は「袁本初」、公孫瓚は「公孫伯圭」、馬超は「馬孟起」。