多事雑論009 歴史 ~昔も今も①~序

例えば、古代遺跡の発掘で木簡が出土したとして、それに上司の悪口や似顔絵などのラクガキが描かれていた場合、「昔の人もラクガキするんや~」と不思議な感じがしてしまう。
私たちはつい、「昔の人」を、今の人とは異質な「別物」のように錯覚してしまうのだ。
この感覚が、我々が歴史を学び知ろうとする時に、その理解力や想像力といった脳の働きをジャマするように思う。

むかし読んだ吉川英治の著書(何の本だったか忘れたが)の解説に、こうあった。
絵巻などを見ていると男性はみな烏帽子をかぶっている。いつもかぶっていて夏は暑くなかったのだろうか、と解説筆者が言うと、英治氏はこう答えた。「暑けりゃ脱ぐでしょう」。
この解説の筆者はこの時、あらためて「普通の感覚でいること」の難しさを知り、その感覚を普通に維持している英治氏の凄さを知ったという。

庶民も英雄も、昔も今も、大して変わらない。頭では分かっていても、錯覚を完全に排除するのは難しい。が、自分がその時代の一市民になったつもりで、その時代をイメージすることはできる。
私は歴史が好きなのだが、できるだけ「今の感覚」に沿って想像力を駆使しながら、自分なりの見解を持ちたいと思う。